2026年9月5日 · 文:Kiyo Darner · 約4分
「とりあえず生」と「〆」は、外に出すと文化になります
日本の飲みの夜には形があります。誰かに教わるものではありませんが、最初の一手と最後の一手には、どちらも名前がついています。
日本にいると誰も話題にしません。習慣ではなく、ただそうなるものだからです。よその国に持っていって初めて、それが形として見えます。
始まり:とりあえず生
「とりあえず生」は、日本の居酒屋でいちばん多く発せられている一文だと思います。
六人が座る。まだ誰もメニューを読んでいない。誰かが場に向かって「とりあえず生」と言い、うなずく人とうなずかない人がいて、杯数が厨房に飛ぶ。ビールが届いて、乾杯して、夜が始まる。
この仕組みには敬意を持っています。座った直後にドリンクリストを読み込み始めた卓は、最初の十分を黙って読書に使います。何も起きません。入口から持ち込んだ勢いが、そこで抜けていく。
「とりあえず生」はそれを全部飛ばします。仮の注文であることを、全員が了解している。今夜飲みたいものがビールだと主張しているわけではありません。まず全員の前に冷たいものを置いて始めさせてくれ、本当の判断は二杯目でする、と言っているだけです。
日本の居酒屋が生ビールの提供速度にうるさいのもそこです。一杯目は儲けの一杯ではありません。夜を動かすための一杯で、だから速くなければいけない。
終わり:〆
反対側には〆があります。
〆は「締める」の字で、封筒の封にも使う記号です。〆は夜を閉じる一皿で、その仕事は炭水化物です。
四時間飲んで、塩気のある小皿を食べ続けてきた。最後に欲しいのは、その上に乗せる温かくてでんぷん質のものです。だからラーメン。あるいはお茶漬け、おにぎり、そば、うどん。
デザートでもないし、二回目の夕食でもありません。夜の中の構造上の位置であって、それが来たことは全員が分かります。
何を〆にするかで、地方が揉めます
面白いのはここからです。
福岡では締めのラーメンがほぼ義務です。中洲で飲んで、そのあと豚骨の店を見つける。それで夜が終わる。
札幌はまったく別のことをやっています。札幌の〆は、パフェです。
冗談ではありません。すすきので飲んだあと、深夜一時に何層も重なったパフェを食べに行く。習慣自体は前から静かに存在していて、「シメパフェ」という言葉が広まったのが2014年ごろ。2015年9月には七店舗が札幌パフェ推進委員会を立ち上げ、地域の食文化として押し出しました。いまでは加盟が二十店舗を超え、夜パフェの専門店は札幌の外にも広がっています。
飲んだあとにパフェを食べることを推進する委員会が、街の単位で作られた。この事実をわりとよく思い出します。
ニューヨークでの話
うちは飲みものが主役の店なので、卓の誰かがこの形を知っているかどうかに関係なく、同じ形になります。
頼み方の記事には、締めにラーメンを頼むのは変ではなくごく普通だと書きました。その理由がこれです。うちがメニューの構成にゆるいのではありません。日本の飲みが長いあいだ持っていた位置がそこにあって、二十三時のラーメン一杯は、その位置に設計どおり収まっているだけです。
まず冷たくて簡単なものを頼んで、その間に本当に飲みたいものを決める。数時間、小皿を食べる。そして締める。
一杯目と最後の一皿は、その晩に頭を使わなくていい二か所です。そのために存在しています。
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