2026年9月2日 · 文:Kiyo Darner · 約6分
居酒屋は業種ではなく業態である、という話
ニューヨークで店をやっていると、「イザカヤって何ですか」と毎日のように聞かれます。
短く答えるなら「お酒が主役で、料理は小皿で少しずつ出てくる日本の店」。ただ、答えているうちに気づいたことがあります。居酒屋というのは料理のジャンルではなく、売り方のかたちだということです。
飲食業界の言葉でいえば、業種と業態の違いです。業種は何を売るか。和食、ラーメン、イタリアン。業態はどう売るか。立ち飲み、高級店、居酒屋。うちは日本料理店であり、同時に居酒屋でもある。この二つは別の質問への答えです。
これがわかると、あとの話が全部つながります。
「居酒」という言葉が先にあった
居酒屋は「居酒」+「屋」です。おもしろいのは前半です。
この「居」は古語の「居る(ゐる)」で、現代語の「存在する」という薄い意味ではありません。腰をおろす、動くのをやめる、その場にとどまる。「立つ」と対になる動詞です。居食い、居抜き、居ながらにして、といった言葉に同じ働きが残っています。
つまり「居酒」は、その場で飲むこと。酒屋が、買って帰るのではなく店先で飲ませるようになったときの、その行為を指す言葉でした。『日本国語大辞典』が引く最も古い用例は元禄3年(1690年)、其角の俳諧です。店そのものを指す「居酒屋」の初出は、同じ辞典で宝暦元年(1751年)。
この六十年の差が話の中心です。行為が先にあって、建物のほうが後から名前をもらった。
持ち帰りの店が、居座られる店になった
酒屋は量り売りでした。器を持って行き、入れてもらい、帰る。
そのどこかで、味見の一杯が売り物の一杯になり、立って飲む人が出てきて、誰かが塩気のあるものを添えた。それだけの話です。小売店が、客は帰りたがっていないと気づいた。
ひとつ断っておくと、この「味見から始まった」という部分、辞典は典拠を示さずに書いています。定説ですし私も信じていますが、鎖のなかでいちばん細い環はここです。正確さを名乗る記事なので、書いておきます。
英語の記事には、居酒屋を八世紀まで遡らせるものがあります。古い酒税の記録などを根拠にしていますが、これは「酒を売る場所」一般と「居酒屋」という語を混同しています。酒を買える店は大昔からあった。居酒屋は江戸中期からです。
お通しが海を渡らない理由
日本の居酒屋では、頼んでいない小鉢が出てきて、数百円が伝票に乗ります。お通しです。料理というより、食べられる席料に近い。
二つ、知っておくといい話があります。
ひとつ、お通しの起源はきちんと記録が残っていません。断定的な「発祥は何年」を見かけたら、それは誰かの推測です。
ふたつ、お通しは当たり前ではなくなってきています。いま日本でお通しを取っている店は四割を切っていて、席料に置き換わってきている。取っている店でも三百円台から四百円台が中心です。
うちではやっていません。理由は、この習慣が海を渡らないからです。アメリカの客は、頼んでいないものへの請求を詐欺だと受け取ります。もっともな話です。そして皿で出てきた以上、下げてくれ、別のものと替えてくれ、という反応になる。これもまた、その文化で育っていなければ当然の反応です。居酒屋の作法のなかで、これは数少ない「持ち出せないもの」です。
全部が落ち着いた店ではない
英語圏で語られる居酒屋はいつも同じ部屋です。暗い木、カウンター八席、無口な大将、誰も急かさない。
ああいう店はあるし、いい店です。ただ、私が飲んでいた店の多くはそうではありませんでした。東京の居酒屋はうるさくて、混んでいて、時計が回っている。二時間制が標準で、九十分も珍しくない。業界の側もはっきり言っています。回転率のためです。
それは劣化版ではありません。金曜の満席の居酒屋で厨房が怒鳴っている、あれも完全に居酒屋です。
形だけが旅をする
ここがいちばんおもしろいところです。業態なので、料理は何でもいい。
日本の田舎に、イタリアンの居酒屋があります。店主がイタリア料理を好きだから。これは例外ではありません。日本は同じ実験をずっと続けていて、2005年前後からスペインバルが増え、そこからイタリアンバル、中華バル、肉バル、焼鳥バル、餃子バルと広がった。料理を差し替えて、形を残す。それで成立してしまう。
だから、うちのハイボールやカクテルは居酒屋から外れているのか、と聞かれても、外れていません。この形はもともと料理の話ではなかった。
では、いい居酒屋とは
ここが本題です。
居酒屋は、料理や酒でそんなに差がつきません。だいたい同じようなものを、同じような作り方で、同じような値段で出している。分かれるのはもてなしです。そこで働いている人が、来てくれてうれしいと思っているかどうか。
いちばん良かった夜のいくつかは、料理が普通の店でした。悪口ではなく、それが観察のすべてです。気楽な居酒屋には、料理とほとんど関係のないところで人を落ち着かせる何かがあります。
例外が、その説明になります。いちばん記憶に残っているのは新宿の住宅街にあった沖縄の居酒屋で、記憶に残った理由は料理でした。ゴーヤーチャンプルーを初めて食べたのがそこで、豆腐と卵と豚肉と、あの苦さ。あの店は料理で差がついていた。業態のなかで料理を絞ったからです。皿の上で差をつけたいなら、やり方はそれです。そして泡盛に最初に出会うのも、たいていそういう店です。
それ以外の店は、結局、部屋で決まります。
ラドロー通りでうちが作ろうとしたのもそれです。博物館でもテーマレストランでもなく、酒が主役で、欲しいあいだ皿が出続けて、来てくれた人がいるとうれしい店。ドアに書いてある言葉の意味を探していたなら、それが答えです。
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